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行動したら“経験”という財産が手に入る。足踏みしている時間は何も生み出さない


ユリさんはヴォーカリストとしては、ゆっくり出発している。高校生の頃コマーシャルの曲を口ずさんだとき、隣りにいた友人から「上手だね」と褒められた。ユリさんにとって、このなにげない思い出が大切になている。「目立ちたがりのくせに緊張しい、という私の背中を押してくれています」と語ってくださった。

いくつかの大きな出会いーそれがヴォーカリスト・ユリさんを支える柱の土台となている。ユリさんは鹿児島市の高校を卒業後、上京し、流通業のサービスカウンターや人事部でリクルーターとして働いた。その後、岡山へ転居し音楽教室を営むご家族を手伝い、発表会で歌ったり、ピアノの弾き語りに挑戦した。そんなとき、ピアノバーでジャズに出会い、オーナーさんに1枚のCDをすすめられた。そのCDが、ジャズを歌っていくきっかけとなった。
夢中になりながら流れに身をまかす

その後、鹿児島に戻ったユリさんはまさらな状態から自分の居場所をつくっていった。歌を歌っていきたい気持ちがあっても、何のつてもなく、生演奏を聴くことのできるカフェに通い続けていた時、あるピアニストのツアーの手伝いをすることになった。そこで、トランペターのニール・ストルネイカー氏(映画「ラスト・ラブ」で田村正和氏とも共演)の目にとまり、ツアーブックングマネジャーを務め、共演もした。ツアーを作る仕事は、会場の予約、共演者の選択、演奏料の交渉、ポスターづくり等多岐にわたる。この経験が、大物演奏者であっても物怖じせず、声を掛けることができる度胸を身につけた。また集客を考え、演奏家、演じる場所(店)、お客さんが喜ぶ環境をつくることは、その街の文化レベルの向上につながるのではないかと大きな視点を持つ機会になっているようだ。こうして約3年で、いろんなメンバーと共演する場をつくれるようになったという。ユリさんは3〜4人でライブをすることが多く、その時のテーマに合うメンバーになるよう、演奏者の良さが引き立つ組合せになるよう心を砕く。「楽器を奏でるように歌っていきたい」とこれからの目標を挙げる。

無駄なことは何もない
「情熱と感動が人の源(みなもと)。それは人を動かす」という信念を持ち、それが、ユリさんの行動力の根幹になっている。「自分には何もない。何も持っていないと思っていても、結構動けるものです。思い描いていたものと現実が違ったとしても、悲しまず自分で作っていけばいいと思います。でも、やりたいことをできない時もあります。それでも、いつまでも同じ状況が続くわけではないので、目の前のできることからしていけば、ある日道が開けます」とユリさんは話す。彼女が高校で学んだ簿記が自営業の家族の青色申告に役立ったり、好きで学んでいた英語が外国人演奏者とのコミュニケーションや歌に役立った。経験も人の縁も無駄な物は何もないとユリさんは感じている。


したいことをさせてあげるそれも愛情

ユリさんが鹿児島に戻り、ヴォーカリストとして動き始めた頃は、母親に「ちんとした生活をしなさい」と反対されていた。しかし今では認めてくれて、ライブ前におにぎりを作ってくれるまでになった。ライブに来てくれるお客さんの表情から、何かを感じ取ったのかもしれない。しかし、もちろんユリさんの考え、動き、積み上げてきたものがあってのこと。
しごとびと 2010.3月号より抜粋 1 2